2009年9月30日水曜日
メールありがとうございます
2009年9月28日月曜日
不調
2009年9月23日水曜日
シルバーウィークと本
入門! システム思考 (講談社現代新書)
枝廣 淳子内藤 耕
システム思考について最初に読んだ本。考え方は面白いと思う。
システムトレーダーならばとっつきやすい考え方だと思う。 例えば株価が上昇したときや下落したとき、システムトレーダー的な視点で見ると、その現象自体にはそれほど興味はない。それよりも、なにがその現象を引き起こしたのかということを考える。そうした現象を生み出すもとになっているドライバーが見つかって初めてその現象を理解したということになる。まぁ実際にはそのドライバーは簡単には見つからないし、見つかったと思っていたら単なる勘違いだったりということは日常茶飯事であるが。
システム思考のいいところは、なにかトラブルや問題があったときに、それをその当事者の問題として片付けない=人を責めないという点にあると思う。人を責めずにその問題がおこった背景を考え、その背景のなかで修正できる有効なポイント(レバレッジポイント)がないかどうかをリサーチしてそこに働きかけることで、問題を修正していく。 まさに海をきれいにしようと思ったら、山に木を植えるところかは始める、というような感じで面白い。部分最適よりも全体最適を優先するという意味でザ・ゴールのTOCに似ている。
これは、相場にはあまり関係ない。そして、この人も成功した後だからなんでも言えるという部類の本の一つではなる。けどもそれを差し引いても、おもしろい本。
なかで注目したいのはコンテンポラリーとアバンギャルドについての考察。
既存の路線を行くコンテンポラリーと、これまでにないようなことをやっていくアバンギャルドではコンテンポラリーのほうが儲かる。ただしアバンギャルドのほうが儲からないけども面白い。現代はコンテンポラリーの勢力が拡大していてアバンギャルドは少数派になっているそうな。どうやったら売れるかというマーケティングの発想から逆算して音楽が作られていると。(とするとアバンギャルドをやる方がローリスクハイリターンになっている可能性はあるなぁ。)
忌野清志郎は自身ではコンテンポラリーに走っていればもっと簡単に儲かっただろうけども、すぐに消えていたにちがいないということを言っている。
まさにそうだと思うね。人まねをせず、迎合せず、オリジナルである、ということが長い目で見ると生き残るための最大の戦略だし、その方が楽しいということだな。 なにをやるにしても。
この本で一番残ったのは、その局面局面の確率的な優位性だけを考えて手を考えるという感覚はどうもちがうように思える、ということを羽生さんが言っていること。これは桜井章一も同様のことを言っており、面白いと思う。その場その場で一番確率的に有利だと思える手を選ぶというのは基本的には間違っていないとは思うけども、その延長線上にいる限りは最強レベルには行けないということだろうと思う。なんとなくわかるような、わからないような・・・。まぁ雲の上に行ってみないと、自分で経験してみないと分からない境地だろう。自分の心というものは、結構機械的な反応をするもので、心=自分と思っていると悩みにはまるということになる。心=反応する機械のようなもの、という視点でみるとNLPは心をコントロールして悩みにはまらないようにするためには有効な手段だろうと思う。
トレードでも普通にやっていれば、どうしても利食いは早く、損切りは遅くなってしまう。それは市場によって心がそのように反応して行動するようになるからだ。
例えば、A株を買って持っているとする。株価が上昇したとする。ここで2つのパターンが起こる。
1 すぐに利食いする
2 もったままにする
たいていの株はそんなに上がらない。セブンイレブンやヤフーなんかのように結構長い期間上昇し続ける株というのは例外中の例外なのでここでは考えない。
すると2の、もったままの人は、株価がやがてもとにもどって、今度は買値より下がるということを経験する。 この経験をした人が次回も同様に株を買ったとする。すると今度は値上がりしているときに、ものすごい不安が襲ってくる。理由は自分ではよく分からないかもしれない。ただ、とにかく早く利食いしたい衝動にかられる。これは最初のときに長く持っていて売るタイミングを逃したという経験が心にトラウマのようなものとして残っているため、痛みを回避したいと思う心が早く売れという信号をおくっているのだ。
すると、そのあまりに強力な心からの信号に耐えられなくて薄利で売るという行動にでてしまう。 株価は今度はそのまま上昇していってしまう。すると今度はくやしくて仕方ない。
次回はじっと耐えて持っておこうと思う。 次回、また株を買う、今度も運良く上昇したとする。するとやはり売りたい衝動にかられる。
たいていは当初の我慢しようという意識を無視して、またしても売ってしまう。
なぜなら、そのまま上昇していくことで得られる喜びよりも、含み益を失うという恐怖の方がつよいからだ。 こうしてたいていの人は市場によって、「利食いは早く」という行動をすることを知らないうちに教育されてしまう。信用評価損率のデータを見ると、全体の成績はどんなに上昇相場であってもたいていマイナスになっているのはこのためである。
このように、NLPについて知ると、なぜ自分は相場で勝てないのかということについて、その構造が心の働きからして少し把握できるというのがいい。
2009年9月21日月曜日
仮説:人は選択するときに、楽な方を選択する
2009年9月14日月曜日
本のレビュー色々
あいかわらず結構本読む日々です。面白かったもののレビューを書いてみます。
デリバティブ汚染――金融詐術の暴走 (講談社BIZ)
吉本 佳生
読み物としては、「スタバではグランデを買え」、や「クルマは家電量販店で買え」の方が面白い。 これを読むと日本でも突如としてデリバティブの損失を計上する大学や地方自治体が表れることになるんだなということ。慶応大学や早稲田大学のようなところでも(まだ含み損だそうだけども)何百億も損失をだしているというのは驚く。 仕組み債は手数料も高いみたいで外資系金融機関もこれを売ればボロ儲けできるような商品らしい。また元本保証といっても30年という長いスパンでの話であり、また本当にそれが守られるかどうかとういのも不明という。だいたい30年も経てば売った側も買った側も責任者は会社にはいないだろうし、この世にいないかもしれないということで、誰も責任をとる人がいないという結末になるのではないかということらしい。まぁきっとそうなるんだろうな。だいたい、ノーリスクで年率5%の運用というのがあるわけがない。絶対にこれは裏があるということをまず調べないといけないし、調べたらこれはあやしいという風になるだろう。それが、周囲がやっているなら大丈夫だろうということで投資を決定してしまうというのは日本人らしい。改めて日本にはリスクとか運用のことをちゃんと理解している人が少ないことを認識できた。
月次情報を利用して投資するという考え方は面白いし、有効なような気もする。ただ、成果がでるまでには相当時間がかかるような気もする。ここに書いてある銘柄はだいたいその後下げているということからも言えると思う。もう一工夫するともっと有効になるような気もする。
アービトラージ入門 裁定理論からマーケットが見える
ランダール・S・ビリングスレイ望月衛
結局すべての投資というのはなんらかのアービトラージということになると思う。この本を読んでもすぐにどうこうということはないけども、いい本だと思う。個人的には、アービトラージの理屈で考えるならばタイムマシンは存在しえない、というコラムが面白かった。
スイングトレードの法則 ~出来高分析で仕掛け時がわかる~ (ウィザードブックシリーズ)
ティモシー・オード長尾慎太郎関本博英
出来高に対する考え方は確かにありそうでない発想で面白いと思う。ただ検証してないので有効なのかはよくわからない。
アルトってもともと商用車だったんだ。というのは面白かった。しかしその当時でも1台47万円というのは安いな。そう言えば、最近ダイハツのエッセが75万円という破格に安い軽を出してヒットしてるみたいだけども、もともとは破格の安値でアルトを出して勢いをつけたスズキなので、キット、この人は対抗車をだしてくるにちがいないと思う。 トレードには関係ないけども、分かりやすい。なんかを商売をする予定はないけどもするとしたらまた読み返したいと思う。なにをやるにしてコンセプトが一番大事なんだなということを実感。読みやすいし、言いたいことがとても伝わってくる本だなと、伝える力のある人だなとしました。
2009年9月9日水曜日
モノを減らす計画
最近、ふとしたことで中国株投資で有名なカテキンさんと会話(ネット上で)する機会があったんですが、カテキンさんも桜井章一に影響を受けたということを知って驚きました。そして、とてもうれしかったです。今後も私もさらに桜井章一的な路線をすすんでいこうと思いました。地方で普通に生活していてもまず出会うことはないだろう雲の上のような人とコミュニケーションできてしまうというところはネットの凄いところだなと思いました。
さて、秋です。最近はブラックスワンを貸してくれた友人が今度は大量にナスビを持ってきてくれたり、町内の人がなぜか葡萄をくれたり、野菜をくれたり、肉をくれたり、アジをくれたり、じいちゃんの家にイチジクがなったのでもぎに行ったり、そうしたなかで秋だなと思ったりします。
最近読んだ斉藤一人さんのなんかの本に、お金持ちになりたかったら、モノを捨てるといいということが書いてありました。モノがたくさんあるということはそれだけお金を使っているということで、しかも大抵はしょうもないものを買っていることが多い=お金が出る流れになっているから貯まらない。モノを捨てると、いらないものを買わないようになるのでお金が貯まる。ということらしい。
まぁその辺の理屈はよくわからないけども、私はこうみえて素直(?)なので結構よさげなことはすぐにやってみるたちです。自分を使って実験するということをよくやります。
ちょうど昨日、廃品回収の車が通り、「壊れたパソコンなどございませんか、ございましたらごきがるにお声をおかけください」とか放送しているので、
あ、そうだ、テレビ見ないからいらないし、起動不能で壊れたパソコンとかあるのでその辺を処理をお願いしようと、車を止めてみた。
すると、回収は無料ではないという。へーそうなんだ。いくらですかというと「本当は6千円ほしいけども最初のお客さんだから5千円でいい」という。こっちは無料だと思っていたのにそうじゃないということならいいや、と断ったけども、じゃあいくらでならいいか、安くするよ、とかあやしいインドの露天商のようなことを言い出したので、やっぱ断ることにした。
調べてみるとヤフオクでジャンクのパソコンもものによるけども結構数千円とかで売れているということが分かってきました。このパソコンは売れるかもしれんな。ヤフオクにだしてみようかなぁ。お金とられるのと、お金が入ってくるのとでは雲泥の差ですから。
しかしこれって、廃品回収業は回収費用もらって、そのなかから売れそうなものをヤフオクとかで売れば二重で儲かるということになるんじゃないんかな?
そう言えば、最近産廃に関する本(産廃コネクション)を読んだけども、産廃はやり方によってはボロ儲けできる産業らしく業者はかなりいい加減なとこも結構あるみたいだから、処分料金をとってもそれが本当にリサイクル料として支払われるのかということは分からない。その業者が懐に入れて、どっかの山に穴掘って埋めるとういことも十分ありえるらしいです。というか、よくあるらしいです。
